★ あらすじ
この物語は実話を元にしている。
フランツとファニは出会ってすぐに恋に落ちる。二人はオーストリアの山間部にある村で農民としての暮らしを始めた。やがて三人の娘にも恵まれ、慎ましくも楽しい生活を送っていた。畑を耕し、麦を刈り、牛や鶏を育てる。陽の光が明るく降り注ぎ、吹く風は優しい。
だが、オーストリアを併合したナチスはこんな山間の村にまでその影を落とすようになる。そして、フランツも招集されてしまった。ナチスの基地で軍事訓練をする彼が感じたのはある種の”違和感”だった。ナチスは祖国オーストリアや他の国々に侵攻し、人を殺していく。何かがおかしい。そんな風に思ったフランツは、ファニへの手紙でその想いを綴る。
ナチスがフランスに侵攻、占領するに至って戦争ももうすぐ終わるかと思われた。フランツたちも故郷へと帰ることが許された。そしてふたたび、ファニと娘たち、それに老いた母、ファニの姉も加わっての農村生活へと戻っていった。
だが、戦争は終わらない。そして、再び村人達にも招集がかかるようになった。フランツは以前の体験で感じた想いから、兵役を拒否することを村の神父にも宣言する。
いよいよ、フランツにも召集令状が届く。だが、彼はヒトラーへの忠誠を拒否、逮捕されてしまう。司教や弁護士などが「無駄な抵抗だ」「一人で世界は変えられない」「忠誠の言葉など、その場限りのものだから」と彼を説得するが、フランツは断固拒否。やがて、ベルリンの拘置所へと移送されてしまった。
フランツはファニとの文通だけが心の拠り所となった。だが、そんなファニや娘たちも、村人達から村八分の状態に追い込まれてしまう。そして、帝国軍事法廷はフランツに死刑を宣告するに至ったのだ。
★ キャスト&スタッフ
- 出演:August Diehl, Valerie Pachner, Maria Simon, Bruno Ganz, Matthias Schoenaerts
- 監督:Terrence Malick
- 脚本:Terrence Malick
- 制作:Elisabeth Bentley, Dario Bergesio
- 音楽:James Newton, Howard
★ 感想
舞台となった山間部の農村は、ピーター・ブリューゲルの絵画そのもののような風景が広がっていた。歌い踊る村人達、共同水車小屋(粉挽き所)まで収穫した麦を運び、粉にしてもらい、まとめてパンを焼く。牛に犂を惹かせて畑を耕す。大きな三日月型の鎌で麦や牧草を刈る。陽の光が降り注ぎ、教会の鐘の音が響き渡る。川が流れ、滝が落ちる。美しい、悲しいまでに美しい風景だった。
テレンス・マリック監督のかつての作品「シン・レッド・ライン」でも、ジャングルの中の川を進んで行くシーンは、光がキラキラしていてとてもきれいだったのを覚えている。その後の戦闘シーンとの対比も凄かった。
そして、今回の作品も別の”対比”が際立っていた。農村の美しい風景と、フランツが収監された独房のシーン。その光と影のコントラストは心をガサガサと揺すぶられているようだった。そして、淡々と語られるフランツとファニの独白が静かにストーリーを進めていく。
フランツの行為は“殉教”だったのだろうか。あくまでも「ヒトラーへの忠誠」を拒む彼だが、村の聖職者や司教までもが彼を翻意させるために説得を試みている。方便として踏み絵をしたからと言って、神はそこまで咎め立てはしないだろう。だが、彼は頑なだ。そして、そんな自分の行為を「もう分からなくなった。でも、後戻りはできない」と言っている。これはどういう意味なのだろうか。以前観た「沈黙 Silence」(「沈黙 Silence」 原作をとても丁寧に映像化している。そして窪塚洋介は、日本のユダを見事に演じていた:ぶんじんのおはなし:So-netブログ)では、切支丹の村人達が逆さ吊りにされたり、海に沈められたりしても信仰を捨てず、死んでいく姿が描かれていた。でも、フランツはそんな殉教者たちとは違っているように思えたのだ。
フランツの行為は宗教的なものだったのだろうか。カンヌ国際映画祭では、キリスト教団体による賞(エキュメニカル審査員賞)を受賞している。また、物語のモデルとなったフランツ・イエーガーシュテッターはカトリック教会から列福されている(聖人に準ずる殉教者として認められた、と言うこと)。
だが、テレンス・マリック監督はそうは言っていないように思える。今の時代、殉教を良しとすることは、自爆によるテロリズムを容認するに等しいととらえかねない。
フランツにとって生きることは家族を愛することなのだろう。日々の辛い農作業も、家族と共に笑って暮らせれば問題にはならない。そんな彼にとってナチスは、ヒトラーは、他者の命を奪い、殺さないまでも圧政によって自由を奪うもの。多くの“家族”が悲しい思いをする。彼はそれが許せなかったのだろう。そして、ヒトラーに抗うことは、自分の家族を守ることでもあったのだ。結果として、自らの命を落とし、家族も村八分に会うなどしている。だが、ファニもそれを理解し、受け入れ、家族の楽しい日々の想い出を汚すことなく守ったのだ。
と言いつつ、一度観ただけではどう解釈して良いか今も戸惑っている。もう一度、観に行こうかな。
★ 公開情報
- 公開日:2020/02/21 (Fri)
- 主な上映館:TOHOシネマズ シャンテ, 新宿シネマカリテ, cinema rosa 等
- 公式サイト:映画『名もなき生涯』公式サイト
- 受賞記録:2019年度カンヌ国際映画祭 エキュメニカル審査員賞
★ 関連作品
テレンス・マリックの主な作品は以下の通り。
コメント
美しいタイトルの映画ですね。機会があったら観たいと思います。
ハッピーエンドでないラストはちょっとつらいのですが。
是非とも、大きなスクリーンで観てくださいな。