「歌枕 あなたの知らない心の風景」展:和の図像学を学ぶ

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歌枕 あなたの知らない心の風景 展 美術展・写真展
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東京ミッドタウンにあるサントリー美術館で「歌枕 あなたの知らない心の風景」展を観てきました。

この企画展では一部作品に限って写真撮影OKです。対象作品を確認して撮影してください。
また、三脚・フラッシュNGなどの注意事項にも従ってください。

展示内容

内容

古来、日本人にとって形のない感動や感情を、形のあるものとして表わす手段が和歌でありました。自らの思いを移り変わる自然やさまざまな物事に託し、その心を歌に表わしていたのです。ゆえに日本人は美しい風景を詠わずにはいられませんでした。
(中略)
しかし、和歌や古典が生活の中に根付いていない現代を生きる私たちにとって、歌枕はもはや共感することが難しいのではないでしょうか。この展覧会では、かつては誰もが思い浮かべることのできた日本人の心の風景、歌枕の世界をご紹介し、日本美術に込められたさまざまな思いを再び皆さまと共有することを試みます。

歌枕 あなたの知らない心の風景 サントリー美術館

展示構成は以下の通り。

  • 第一章 歌枕の世界
  • 第二章 歌枕の成立
  • 第三章 描かれた歌枕
  • 第四章 旅と歌枕
  • 第五章 暮らしに息づく歌枕

歌枕の代表格として「(桜の)吉野」、「(楓の)龍田」、「(薄の)武蔵野」、「(橋と柳・水車の)宇治」などがある。どれも和歌によってそれぞれの土地が名所であると謳われてきた。そこから、実際の風景と言うよりは、イメージ、心象風景的にそれらのテーマが描かれるようになる。「吉野龍田図」は満開の桜が六曲一双のうち右隻に、一面の紅葉が左隻に描かれた屏風絵が例として展示されている。

和歌によって特定のイメージが結びつけられた地名が「歌枕」として定着していく。平安時代末期の頃のことだ。特に、天皇の命によって編纂された勅撰和歌集に載った和歌、そしてそこで読まれた「歌枕」が“標準”として尊重されるようになる。

やがて、歌枕を描いた絵巻物や屏風絵は名所旧跡案内の役割も持つようになる。西行法師が各地を歩いて読んだ歌と、歌枕となった土地の風景を描いた「西行物語絵巻」や、松尾芭蕉の「おくのほそ道」を題材にした与謝蕪村の「奥之細道図」などがその代表として展示されている。

中には、相馬中村藩のお殿様は、自国の松川浦を新名所にすべく「松川十二景和歌画帖」を狩野派の絵師に描かせ、さらには東山天皇に歌枕の名所として認めてもらうべく勅許を願い出たそう。江戸時代の地域振興策ということなのでしょう。

各土地の名所・風景はデザインのテーマにもなり易いと言うことで、器や硯箱などのデザインとして人気となる。源氏物語の「野宮の別れ」の場面として登場し、“聖地巡礼”的な形で有名になった野々宮も硯箱のデザインとなっている。なお、この展示作品のみ、写真撮影OKとなっていた。

歌枕 あなたの知らない心の風景 展
野々宮蒔絵硯箱

感想

西洋で図像学というと、宗教画に描かれる「象徴」の学問となるだろう。鍵を手にした老人は聖ペテロ(ペトロ)だし、キリストは魚で、羊はキリスト教信徒の象徴だ。これらはその時代を生きた人々にとっては”常識”であった。

それに対して「歌枕」は純粋に美的感覚としての”常識”と言えそうだ。和歌という教養を身に着けた当時のインテリ人たちにとって吉野と言えば桜だし、龍田と言えば紅葉だった。橋に杜若(かきつばた)が描かれていれば、それは伊勢物語の情景だとすぐに分かった訳だ。

この「当時の人にとっての常識」というのが、時代を隔てた我々にはなんとも厄介だ。知らないと、同じ絵を観ても想像するものが全く違ってしまう。まあ、美術品として絵をどう鑑賞するかはその人次第なので、その点では問題はない。でも、その絵から歴史なり、当時の人々の様子を思い描こうとすれば、「当時の人にとっての常識」を持った上で解釈しないといけない。

歌枕はまだ、西洋の宗教画のアトリビュート(聖人たちのお決まりの持ち物)よりも馴染みやすい。なにせ、桜や紅葉がきれいだという感覚は今の我々も持っていて、それが「名所」に結びついているという形が多いから。さらに、古今和歌集は置いといても、百人一首を知っている人は少なくない。ちょっと張り切った人ならば、内容を暗記しているだろう。その意味では、公式サイトでしきりと「あなたの知らない」とか「歌枕はもはや共感することが難しい」と書いてはあるが、そんなに忘れ去られたものではない気がする。私でも、「吉野」、「龍田」、「宇治」、「武蔵野」辺りは知っていたし。

まあ、そんな知識があってもなくても、歌に詠まれた情景を絵にしてくれると興味も湧くというのは今も昔も変わりなし。それに、「歌枕」の一つも知っていると実際に旅行でその土地を訪れた時の楽しさが倍増しそう。この企画展でちょっと勉強してみるのもいいんじゃないでしょうか。

美術展情報

コメント

  1. 中野 潤子 より:

    サントリー美術館はいいもの取り上げますね。もうすぐ終わりです。残念。11月に的を絞るしかなさそうです。やっと孫が帰り20日間の戦争が終わりました。

    • bunjin より:

      この企画展、出遅れてしまって紹介がこの時期になってしまいました。
      賑やかな夏休みだったようで。

  2. 中野 潤子 より:

    ぶんじんさんの丁寧で適切な解説でじゅぶん楽しめました。ありがとうございます。